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夏の甲子園の数値

夏の甲子園出場回数
2019年に甲子園に出場した回数。
星稜高校:20回
金沢高校:13回
遊学館高校:6回
日本航空高等学校石川:2回
小松工業高校:2回
小松高校:2回
…etc

夏の甲子園の優勝回数
石川県は未だ甲子園で優勝はしていません。
ただ2019年は星稜高校が準優勝するなど、あと一歩でした。今後に期待!

準優勝回数:2回(星稜高校)※2019年、1995年
ベスト4:2回(星稜高校)※1991年、1976年
ベスト8:2回(遊学館高校)※2002年、(石川師範学校)※1933年

<春大会>
ベスト8:5回(星稜高校)※1995年、1992年、(金沢高校)※1990年、1966年、1964年

参考サイト:https://entamedata.web.fc2.com/sports/koushien/k017.html

金沢の映画館の歴史

※数値は文献を元に集計しているため、実際とは差異がある可能性があります。

1950年(映画館数:13)
1913年(大正2年)に「菊水倶楽部」という常設映画館が金沢市に初めて開館しました。その他に尾張町に「第二菊水倶楽部」、香林坊に「スメル館」、下尾張町に「大手館」、白菊町に「キンシ館」が開館しました。

1960年(映画館数:24)
「金沢小劇場」、「ロキシー劇場」、「金沢東映劇場」など多くの映画館が開館しました。香林坊を中心に映画館が集中され、香林坊に娯楽外が形成されていきました。

1970年(映画館数:17)
「ロマン菊水」、「大和劇場」が閉館。また初期に開館された劇場が閉館していき、1960年代よりも若干少なくなりましたが、香林坊のシネマストリートを中心に映画は栄えていました。

1980年(映画館数:15)
「金沢小劇場」、「スカラ座」、「パリー菊水」など多くの映画館が閉館。ただ「109シネマ」や「金沢松竹座」「金沢シネマ」など新しい映画館が登場しました。

1990年(映画館数:18)
90年代後半に金沢市に「ルネス9シネマ」が登場しました。金沢市初のシネコンです。その他にも石川県内にはいくつもシネコンが開館されました。その影響を受けて80年代よりも映画館の数が増えましたが、古参の「金沢劇場」を筆頭に映画館は閉館を決めていきました。

2000年(映画館数:11)
「イオンシネマ金沢フォーラス」や「金沢コロナシネマワールド」など大型のシネコンが登場しました。2000年代前半には街中の映画館はなくなり、香林坊付近では1998年に開館したミニシアターの「シネモンド」のみとなりました。

2010年(映画館数:6)
2000年代初期の激しい入れ替わりが落ち着いた状態となりました。石川県内では「イオンシネマ小松」が開館。2020年に「金沢駅前シネマ」が閉館したことにより、ミニシアターをのぞき、県内から単館の映画館はなくなりました。

参考サイト:https://hekikaicinema.memo.wiki/d/%C0%D0%C0%EE%B8%A9%A4%CE%B1%C7%B2%E8%B4%DB

日本三霊山

日本三霊山とは、古より山岳信仰の盛んな日本において、富士山・白山・立山を束ねた、3つの霊山のことです。

富士山は3,776m、立山は3,015m、白山は2,702mと高さを誇っています。富士山と白山は成層火山です。また立山も一部成層火山となります。

山をそのものを神と見立てて、信仰の対象としています。富士山は浅間信仰、立山は立山信仰、白山は白山信仰。それぞれ山頂には「浅間大社」「白山比咩神社」「雄山神社」があります。

白山は石川県、岐阜県の2つ、富士山は静岡県、山梨県の2つの県に跨っています。立山は富山県にあります。

小京都 金沢(公家文化と武家文化)

金沢は小京都と呼ばれています。焼き物や友禅、食文化、茶道など、共通点が数多くありますが、文化の主体は京都とは違う文化を歩んできています。

公家文化と武家文化

京都は天皇や役人が創った「公家文化」です。
金沢は江戸に武士が主体となって創られた「武家文化」です。

見た目は似ていることも多いですが、金沢の本質はどちらかというと鎌倉に近い文化ですね。

平和都市金沢

金沢は街の基礎ができてから、430年もの余り、一度も戦禍に巻き込まれたことがない都市です。

戦争のなかった街は、ヨーロッパではスイスのチューリッヒと、日本の金沢の2都市のみとなります。

戦争体験がないからこそ、歴史を重んじ、平和を擁護しなければならないと感じます。

金沢の伝統色 加賀五彩 | インフォグラフィック

加賀五彩とは、主に加賀友禅で用いられる金沢の伝統的な色です。臙脂・藍・黄土・草・古代紫の5つの深い色が特徴です。

藍色(あいいろ)とは、縹色ほど純粋な青ではない暗い青色。

臙脂色(えんじいろ)とは、黒味をおびた深く艶やかな紅色。

黄土色(おうどいろ)とは、赤みがかった黄色。

草色とは、若草が成長して色が濃くなった色味の緑系。

古代紫(こだいむらさき)とは、わずかに赤味を帯びた、くすんだ紫色。

アイスクリーム消費量

アイスクリーム

アイスクリーム消費量のTOP3(2016年)

1位:石川県(一世帯年間:10,480円)
2位:富山県(一世帯年間:9,780円)
3位:栃木県(一世帯年間:9,170円)
・・・
47位:沖縄県一世帯年間:6,566円

アイスクリームは夏の定番の食べ物ですね。都道府県で一番アイスクリームが消費されている地域をご存知でしょうか?意外にも寒い地域の「石川県金沢市」です。金沢市民は甘いものが好きで、定期的に食べる習慣があることが影響されているようです。また次にお隣の富山県、その次は栃木県と不思議と寒い地域で良くアイスクリームは食べられているようです。それに対して47位には沖縄県がランクインしています。沖縄の人もちんすこうのように甘いお菓子がありますが、あまりに暑くなると、アイスクリームよりも、かき氷を食べるようですね。

石川県民の性格

石川県民の性格に関するアンケート結果の上位3件。

石川県民は良く京都の方と性格が似てると感じます。百万石ということと、災害にあったことがなと土地柄、また日本海の寒い気候のため、のんびりと構え、あまり本音を言わない性格でしょうか。

保守的・控えめ・おとなしい(21件)
・保守的で、優しいと思うが、方言になじめなかった頃はきつく感じた。(中部出身)
・おとなしく、何を考えているか分からない。(関西出身)
・あまり自分から話かけない。自分のことを積極的に話さない。イベント等で盛り上がりが下手。(関東出身)

プライドが高い・見栄っ張り(19件)
・プライドが高い。(富山県出身)
・北陸他県に対してのプライドが高い。(能登出身)

優しい・親切(13件)
・懐に入ると優しい。(関西出身)
・一見、控えめに見えるが、一旦親しくなると優しくてがっつり面倒見がいい。(九州・沖縄出身)

金沢市全体の人口推移

2017年の金沢市全体の人口は466,172人です。世帯数は201,706となります。人口は少しずつ増加しています。

ただ、金沢市全体の人口は増え続けてますが、金沢の中心市街地に住んでいる人は年々、減少しています。郊外に大きな商業施設が増えたため、DID(人口集中地区)が広がっていることが原因です。

金沢市バスの乗客数

平成27年(2015年)に北陸新幹線の開通により乗客数が急増しました。バスの乗客数が約300万人増えたとのことです。

石川県の人口

1877年-1881年は時代でいうと明治時代。
現在の石川県の人口の2倍弱くらいに人口が増えた時代でした。

増加した理由は、現在の福井県と富山県のかなりの地域が、石川県に加えられ、広大な地域になったこと、また間引きや身売りが少なかったということも理由と言われています。

また石川県全体ではなく、金沢市も日本最大の城下町として賑わっていました。1978年に金沢市は全国5位の人口となり、文化の中心地として発展を遂げました。

ただ、そんな状況は長くは続かず、低迷致しました。理由は3つ「もともと第一次産業の地域のため、工業化の勢いにのれなかった。」「次男、三男が工業や商いの仕事を求め東京や大阪に流れてしまった。」越前と若狭が福井県として、分かれてしまった。」です。

今でこそ仕事が多様になり、地方が再注目されていますが、ただ昔にすでにその地方の特色を生かした産業が活発で、今より地方が元気な時代があったということを覚えておきましょう。

金沢市の男女別人口

金沢市では昔から女性の方が男性よりも多く住んでおります。そこまで数値に差はないですが、1-2万人程多くなっています。人口数は昭和から平成と男女共に増え続けていましたが、2014年から2019年の間で初めて減少しました。なかなか政令指定都市にはなれません。隣の野々市市と合併することで達成する動きもありますが、なかなか周囲から同意が得られないため難航しています。